<3589>「所感(187)」

 私と他者との間に生じた余韻、余白を、暗く解釈してどうする。

 

 それで私の日常生活に何かプラスがあるのか。

 

 というのを、前々から言葉の上でだけは考えていて、今日それがストンと実際に腹落ちした記念の日だった。

 

 外界は静かなままだけど、私にとっては劇的な変化の日。

 

 

 他者の苛立ち、目に余る振舞い、怒気を含む言葉。

 

 それらに触れたとき、私に何か悪いところがあったのかもしれない。いやあったのだ。それは何だ。

 

 というのを延々と探し、おろおろし暗い気持ちに陥る、ということを、幾分長いこと続けてきた。

 

 今日、同じような場面に立たされて、過去のその履歴がフラッシュバックした。

 

 したうえで、私が勝手に悪い方向に解釈したり、おろおろしたりすることが、私の、および私と他者とのあいだに、何か良い作用をもたらしたのだろうか。

 

 そんな作用をもたらしたことは、一度もなかったのではないか、ということが、お腹で一遍に理解された日だった。

 

 そんなこと、頭では何度も考えて、理解だけはしている。

 

 それが腹に落ちるまでには大分タイムラグがある。

 

 遅れてきたのが今日だった。

 

 ああ、またひとつ楽になった私の身体。

 

 これが人生経験の成せるわざか。

 

 生を重ねるのも悪くない。

 

 私は今しずかに自分の生を敷けている。