<3585>「所感(185)」

 あまり熱心な人の野球の見方ではないかもしれないが。

 

 野球を流していると、勉強や作業が捗って、良い。

 

 1回~9回、その表裏と。

 

 区切りが沢山あるので、じゃあこの作業はこの区切りまで、という感じで目途を立てやすく、すいすい進む。

 

 あまり作業に身が入らないときに野球にちょっと集中を寄せることもできるし。

 

 

 ただ、やっぱり終盤に向かうにつれて、僅差だと目が離せなくなるので、結局メシや風呂が遅れてしまうというデメリットもある。

 

 まあそのデメリットを考慮しても、今のところメリットのほうが勝っているので、良いかなあ、という感じ。

 

 

 勉強してて、こんなん絶対分からない、と思いながら付き合ってたものって、どうしてあるタイミングで急に分かるようになるんだろうね。

 

 嬉しいけど、その転換点がなんだったかを知りたいよな。

 

 多分、そういう切り替わりの「点」があるって発想が誤りなのかもしれない。

 

 集中的に学んでいる間もそうでない間も脳がずーっと処理をし続けていて理解の仕方も見えないところで動き続けているのかもしれない。

 

 なんとも言えない。

 

 自分の身体とか、脳とか、そういうものの能力を信用すること。