<3583>「所感(184)」

 気の持ちようでどうにかこうにかしようと思っても。

 

 上手くいかないもの、技術が足らないものは、どうあがいても上手くいかないし。

 

 上手くいくもの、技術の備わっているものは気持ちに関係なく上手くいってしまう。

 

 という経験がある程度積み重なった結果、今まで自分のなかにあった予期不安みたいなものがいつの間にか消えてしまった。

 

 すごく具体的な、ある意味でさめた人間になった。

 

 今上手くいかないものも、技術の積み重なりで解消されるものであれば、別に、将来的に上手くいくし、それで将来的に上手くいったところで、特に大きな感動もしない人間になってきた。予想したとおりだからだ。

 

 それで、そうやって醒めていくのを嘆いても仕方がないなと思う。

 

 人間、何かを続けていて、慣れないままでいることは不可能だ。

 

 必ず慣れる。必ず慣れるように変形される。

 

 だから未熟から習熟への道のりを楽しむことだけを念頭において、あっちこっち動いていくのもいずれ限界が来る。

 

 そうではなくて、活動及び作業に付随する、リズム、空気、温度みたいなものに親しんでいく。

 

 その手触りに、近づいていくような、潜り込むような。

 

 具体が行き切って、またもう一周してそうすると感性の場所に還ってくるのかもしれない、と今書いていて思った。