多分、それじゃない

 直接の理由かは分からない、曖昧な理由を提示して、辞めていく人がこの場を去っていこうとする。

 それを直接の理由だと信じて、解決策を提示し、残る側の人々が必死に、辞めようとする人を説得している。

 会話の応酬を傍で見ていた私は、何だか気まずいような感覚を覚えていた。私が見るに、辞めて去っていこうとしている人が提示している理由は、多分、本当の核の部分の理由ではなさそうに思えた。

 概して、どこかから去るときというのは、残る人のことも考えて、体裁のいい言葉を送ろうと努力するものだ。きっと、本当の辞めたい理由はそれではない。本当の理由を言えば、残る側の人々が傷つくことを知っているから、あえて曖昧な理由を提示しているのだろう。

 一方、残る側の人々は、提示された理由が本当の理由だと信じて、あるいは自分にそう信じ込ませて、説得を粘り強く行っている。この理由を解決しさえすれば、あなたはまだ残れるではないか、と。

 しかし、やはり本当の理由を提示していないという私の見方が当たっているのか、提示した理由に解決策を付されて返されても、辞めていこうとする人の顔は、依然として晴れないままだ。

 「あなたも何とか言って、一緒に引きとめてよ」

と私に声をかける人がいた。それでも私は、

「へえ、まあ、そうですねえ・・・」

などと言って、口を濁すのが精いっぱいだった。辞めていく人の意志は固い。それに、本当の理由ではないところで、受け答えを繰り返しても仕方がないという思いが私にはあったから、強くひきとめることはできなかった。

 また、ここで私が、

「それは、本当の理由ではないでしょ」

などと言って詮索するというのも野暮な話だ。残念だが、ここは、引き留めずに送りだしてあげた方が良いような気がしている。