<2938>「からだが破れる、声を迎えに来たよ」

 ねえ迎えにきたよ、

 そうか、そうか、ありがとう、、

 お前その水の、

 なかの子どもも、

 迎えに来たよ、、

 ああ、そうか、そうか、ありがとう、、

 あたしね、、

 この水のなかに入って、、

 少し飲んだの、

 そうして、

 少し吐いて、、

 またからだのなかに戻ったよ、、

 おお、そうか、、

 お前はそういうところから、、

 からだになってきたんだもんな、

 

 ねえ、

 胚胎したところから、

 全部見せてあげようか、

 ええ、、いや、いいよ、、

 いいよ、見て、、

 これ全部、

 あたしの膜なの、、

 膜から全部、

 身体からなにから、破れて、、

 全部見せてあげるね、、

 うん、

 (私は黙っていた)、、

 これが、、

 良いときの集まり、

 これが、

 悪いときの集まり、、

 ね、分かるでしょ?

 ああ、

 (私は分かった)

 (私は吐いていた)

 あんまりからだだの肌だの、

 新しいだの古いだのと、、

 あなた、あんまりそうやって、

 言わないでおいてね、、

 うん、

 これからだの包帯の、、

 なかの、

 少し赤く湿ってるところがあるでしょ、

 うん、

 ね、少し、少し覗いて、、

 

 あたしは自分の振動数だけになって、

 この場所を、

 そっくり私にきかせて、

 新しく、

 生まれるつもりのものですけれども、

 いいですか、

 声をいくつかきいてください、、

 あなたの肌を見れば分かりますよ、

 ねえ、

 声をいくつか・・・

<2937>「目覚めることはどこかに戸惑いが」

 あたしは徐々にそれ、

 人の形、

 理想とするふるまい、

 病の形、、

 それぞれの声の始まり、、

 生きている形、、

 声などいくらにも響いて、

 私は続く、

 続くことがこの日、

 この一日を、、

 私のなかに流す、、

 私は映像の人、

 映像の日時となる、、

 次から次へと、、

 まわってはよろこぶ、、

 ここの映像の人に、

 

 私には用意されたからだ、、

 私には遠く離れる願い、

 自己、、

 これは労働、、

 これは世界への集中、、

 これは僅かな態度、

 ものを迎える、、

 ものがよく染み出す、、

 ものがやや勢いよく動き出す、、

 あたしにはそれぞれの、、

 それぞれのからだのはじまりかた、、

 それぞれの時刻の動きかた、

 あたしははてをしらず、

 夢中を知らず、、

 霧のなかの匂い、

 霧のなかのなまあたたかさ、、

 あなた少し横になって、

 うん、

 しばらく横になっていた、、

 どこからともなく、

 私の生命線がこの脇腹や、

 背の辺りを通過する、、

 めざめる、、

 めざめることはどこかにとまどいが、

 

 あたしはそっとからだをなげ、、

 あなたにしか見えていないものを、

 ここで、

 ゆっくりと確かめている、、

 ゆっくりとうごける、、

 あたしにはものの領域の、

 古い皮を剥いだ辺りに始まる、、

 霧の生まれる姿を、

 まともにみている、、

 こんなものを長時間まともに見ている、、

 お前は誰だという問いも、

 当然のごとく忘れて、

 私は内部にいる、

 私はこの内部にいる・・・

<2936>「粘液に合わせる」

 あなたがこの時間に口にする、

 その粘りは、、

 あなたが、

 無音の空間に出て、

 たったひとりで、

 からだを、

 思うところへ一致させていく時間、、

 あたしも、粘り、、

 あたしがどこにいるのか、

 まったく分からなくなるまで、、

 ここに居、、

 ここで身体をつくる、、

 

 きちんと、走るには、やはり、

 これぐらいの身体の軽さ、、

 これぐらいの回転、、

 あたしは、少しずつ、、

 現実の、感触が変わっていく、

 その場所を、見ていた、、

 あたしは、

 順番に身体になってきた、、

 あなたの、

 あなただけの身体の波がある、

 波にもモードがある、、

 私はそれに合わせにいく、

 マジカルな仕方かも、

 それはひとつの感覚の、

 延長の、、

 あたしの作法のことかもしれない、

 ただ、

 この空間に混ざっていくこと、、

 あたしをからだからつくり、

 その先へ、

 ひとつひとつ転がして、

 あなたを作っていくこと、、

 あなたは速かったり、

 遅かったりしない、、

 ただ、

 回転が言うことをききはじめただけ、、

 あなたは眠りでもない、

 目覚めでもない、、

 ただ、

 身体の方向に存在する風があるだけ、、

 

 それを見ている、、

 まったく、

 これが分かっても、

 何も分からないということは、なにだろうと、

 ひとはひとつの疑問を発出し、、

 からだをちがえ、、

 しかしからだからはなれることを無意味とも決めず、

 連絡が、

 取れたり取れなかったりする、、

 あたしは語らいのそばにでる、

 だめなものも、

 良いものも全て出て、、

 あたりまえに漏れていく・・・

<2935>「集まります、見つめます、真剣です」

 まだあなたの姿では足りない、

 まだ、

 あなたにはからだの運動が足りない、

 生きている、、

 しらないあいだに、

 私には複数の時間が積もり、

 それらはすべて生きていますよ、

 私はただ歩いていただけです、

 ものが集まります、

 人が集まります、、

 からだが集まります、

 時刻が集まります、

 ふるえています、、

 今このように過ごすこと、、

 あたしにはいくつもの骨、

 あたしにはいくつもの領土、

 水と骨、、

 水のなかで遊ぶ生、、

 みんな、

 集まってください、、

 

 なかに内自、、

 なかに時計、、

 あたしは水を振るい、、

 からだのいくつもの平面で、

 波紋を作る、、

 その水の紋様で生きます、

 あたしの声が、

 あたしの空気が、

 あたしの感慨が、、

 どこへどこへも届きます、

 眠ります、

 収めます、、

 新しくなってきます、、

 新しくはじけてきます、、

 からだの層にたまる、、

 あなたがたの表情や声を、、

 私は見つめます、、

 からだを見つめます、

 時間を見つめます、

 風の姿勢を見つめます、

 生きてます、

 生きています、、

 ねえ、

 あなたは真剣です、、

 

 あなたは表情が、とけて、

 私は見捨てない、、

 私は拾いに行く、

 なぜなら私は真剣だからです、、

 ここには私がいます、

 私は真剣です、、

 わたしは楽しいが、

 楽しいだけではない、

 責任があります、

 生に対して・・・

<2934>「管がある、記憶がつながる」

 あまりに簡単に、

 からだがひらいてしまう世界で、

 ひとつのさびしさとともに、、

 あたしは、

 ただの空間を行く、

 ただ行く、、

 私はまだひそかに、

 からだに集まっているけれど、

 私は声を、

 順番にきいたままで、、

 それぞれの景色の延長へ、

 それぞれの物事に、

 はっきりと当たりながら、、

 からだがうまく集まれる、、

 

 あたしからして、、

 ただつながっているだけで、

 管から、

 あなたの生活や、

 記憶にかかわるところが、

 随時、

 育っているのを見ます、、

 それはなかに入り、

 しらない記憶の形をして、

 しばらくとどまります、、

 しばらく透明になります、、

 それはよく揉まれ、、

 ひとつの熱の姿になったあと、

 あたしの肌に落ち、

 よく記憶になります、、

 あとどれくらい、

 これは記憶になるだろうか、、

 あたしは外へ走ります、、

 記憶は後景にしりぞいて、、

 あたしは、

 この辺りとひとつの姿になり、、

 しずかに動きます、、

 しずかに流れています、、

 ええ、ただ、、

 身も葉も青い、

 全ての景観に、

 内自、あたしは育ちます、、

 

 おまえがここに存在すると決めたこと、、

 存在からこたえが返ってくること、

 あたしから先へ来ること、、

 どれも、、

 ひとつの記憶のなかで、

 穏やかにはじまることだ、、

 だれかの手のなかに、

 すすんではじまることなんだ、、

 ながれがふえるまま、、

 からだがはいかいするまま、、

 あたしの身体の粒が吐かれて、、

 しらない土地に、

 記憶を生むまで・・・

<2933>「楽しく、真剣に、という言葉」

 いずれゆっくりと伝わるから大丈夫なんだ、

 あなたは死んでもいいとは思っていませんよ、

 ただ、

 いまは子ども時分に、

 なぜあれだけ大人が真剣に、

 楽しく、真剣にね、

 と繰り返していたか、

 それをゆっくりと理解し始めたところです、、

 子どものころは、

 真剣に、楽しくと言われたって、

 早く家に帰って、

 テレビを見たり、

 ゲームをしたりしたいと思っただけでした、、

 

 それはやはり、

 いくら上手く機能していないとは言え、

 家庭の庇護のもとにあったからなのです、

 籠の中にいたからなのです、、

 大人になると、

 私たちは想像以上にむき出しです、

 吹きっさらしです、、

 なにも守ってくれるものがありません、

 そうすると、

 身体は元気でも、、

 これは下手したら死ぬな、

 ということを考えながら生きなければなりません、

 それは、きっと、

 父親になっても、

 母親になっても、、

 おんなじことでしょう、、

 守る立場なのであって、

 守ってもらえる立場ではないので、

 吹きっさらしです、

 吹きっさらしのままなのです、、

 

 そうすると、

 私たちのような大人に出来ることは、

 一瞬を、

 一日を、

 真剣に送ることだけなのです、、

 必ずそこに、皆、

 どんな形であれ辿り着くのだと思います、、

 また、

 いい気になって調子に乗るのでも、

 自分をヘコませているのでもなく、

 もとよりそんなことをしている時間はもう残されていない、

 今日でひょっとしたら、

 お前という人間は最後かもしれないよ、としたら、

 楽しく行くしかないのです、、

 あのとき大人たちが、

 必然的に到達していた場所に、今、

 私もゆっくりと到達しつつあると思います、、

 生まれたときから私は人間ですが、

 とても人間とは思えないようなところからはじまって、

 だんだん人間になってきた、

 吹きっさらしの場所に立ってはじめて、

 人間とは何かがだんだん分かるようになってきた・・・

<2932>「望んだように、変更されたもの」

 私には、

 それは雨でも、

 ひとつの時間でもなく、

 ただの感激でもなく、、

 身体にまとわりつくものの、

 しずかな熱と、

 興奮でしかない、、

 あたしにはもののたましい、

 もののかたまり、、

 ひとつひとつが投げ込まれ、、

 明日は豊かである、

 豊穣とはなにだ、、

 満たされた、とはなにだ、、

 あたしの言い、、

 あたしがそこに着くこと、

 そこの時間を試すこと、、

 順番にきこえる、

 

 あたしは外を向き、、

 内の浸透の、

 そこは水の流れです、ときく、、

 誰もが、

 あなたと同じである訳ではない、

 あなたと同じように、

 生きている訳ではない、

 当たり前のことばが、

 私に秘密を授ける、、

 私には、

 しらないあいだに出来た、

 身体の現実がある、、

 現実は、

 あなたの望んだように、

 変更されてきた、、

 これから、

 良いことが起こるとか、

 悪いことが起こるとか、、

 それらは、

 どちらでも良いことで、

 事前に構えることは、

 卑しいことではなかろうか、、

 あなたは、

 今日が限りとおもい、

 真剣に生きるしか、

 選択肢はないはずだ、、

 

 今日を限りとしても、

 そう簡単には死なないもので、

 だから、

 1日先へ行くごとに、

 1歩遠くへ行っている、という、

 二重の設定が必要だ、

 武士道は死ぬことではないのじゃないかしら、

 いつ死ぬか分からない、

 死ななければならないことがある、ということを承知して、

 あくまでも生きることではないかしら、

 と思いました・・・