<4245>「日常胚胎児」

 うん、

 日常数詞、

 日常胚胎、

 からだ通知の中、

 なんとかなんとか、

 道掴み、

 道日常へこぼれる、、

 ふかく、

 あなたの生命どころに、

 声を届けていた、

 その姿は、

 はっきりとは掴めず、

 私も、

 土のなかを書くようだ、、

 この大きすぎる、

 日常の興奮、

 日常の形招びゆく、

 招びこみ、

 からだふくらむ、

 どこまでも、

 入るものとしての、

 うねり、

 存在のちぢまり、

 存在の開始、

 なあ、

 もっと、

 もっと深くに、

 からだ潜り届けておくれよ、

 なあ、

 もっと入りたい、

 もっと、もっと、、

 私はそうしてもっと、

 もっとと、

 その響きのなかに、

 からだをよこたえ、

 日常、

 二重人々、

 二重の声、、

 どこへどこへ続く、

 どこへどこへ色濃く、

 からだはあつまる、、

 からだは紐に、

 既にしてかかり、

 ああいやだ、

 ああこわい、、

 私は死してなお、

 数々の管が脈打つ、

 そういう存在として、

 あつまっているのです、

 すべての人々たち、

 ね、

 からだすべてかけて、

 日常沸騰、

 日常横へ向かう、、

 ねえお前、

 くだらなさや悪を分かて・・・

<4244>「所感(500)」

 その歳、その時期になる前から。

 

 先人達の事例を沢山見てきたからなんとなく分かってたんだけど。

 

 30半ばから40くらいにかけては、本当に人生って危ないね。

 

 死なないで経過するか、死ぬかが結構大きな危機として迫ってくる。

 

 これはもう避けられない気がする。

 

 すっと避けて生きようとしても、向き合っても、結局は同じことだ、という気がする。

 

 人間の寿命の大体半ばくらいだね。

 

 厳しい関門。

 

 私も先人たちの例に漏れず、厳しい局面に入ったなって気がしている。

 

 まっすぐな輝き、みずみずしい情熱自体が、なくなりはしないけれども、曲がり角を迎えている。

 

 ひと通り、見るもの、体験するものは過ぎたぞ。

 

 残酷なのは、良いことがないことではなく。

 

 良いこと、いつまでもぬくまっていたい最高の出来事でさえ、容赦なく過ぎるということ。

 

 お前はただひとりの人間以外のものではないぞ。

 

 ここからは、ただし積んできたことの掛け算がより大きくなるので、とんでもなく遠くへ行くことはできるようになる。

 

 これは人生の後半になればなるほどだ。

 

 しかしその効果の大きさに、やり始めの若者の頃の感動は伴わないぞ、という。

 

 さあ、難しいぞ。

 

 という位置に居る。

<4243>「存在人間生命日常記(記す・・・)」

 そこ、

 ひとつのかたちのなか、あと、、

 肉体を削る、

 削り出しの、

 音は、

 ほとんどきこえない、、

 私は無音の、

 その、しずかな回転のなかへ、

 帰ります、

 どこへ‐マ‐通し、

 日常生命、

 日常ふらつきが、

 ここに来て、

 ここに泡を立てる、

 ここに日常旗、

 ふかく染みる、

 存在の生命記を、

 たてる、

 存在樹脂、

 存在枝、

 つくせつくせ、、

 水や小さいうごめき、

 ごみのかたまり、

 人間の足跡、

 つくせつくせつくせ、

 この日常をはじめとする、

 数々のかたむき、

 数々のものしらせ、

 数々のものおもい、

 ものひとつ、

 そこらへんに始まって、

 どこから先、

 これら見える、、

 これら日常の交代、

 これら日常の渡し、

 どこへ、

 これはすすむ、

 これはものめずらしく、

 すすむ、

 すすんでいく

 すすんで人間の、

 からだのなかに、

 人を招ぶ、

 招ばれて、

 人は微笑む、

 人は笑む、、

 人の原像、

 原姿、

 原初、

 からだをふるうこと、、

 ええ、

 長い人、

 長い夢、

 つづくつづく、、

 日常形に、

 からだつづけて・・・

<4242>「所感(499)」

 遊びってのは徹底してやると本当に死にたくなる。

 

 死にたくなるっていう言い方は適切じゃないんだけど、本当にすべてがどうでもよくなる。

 

 だから遊ぶのやめましょうってことではなくて。

 

 時々人間には諸々がどうでもよくなる時間や場所というのが必要だ、ということで。

 

 しかしそれがメインにまで侵食してくると、健康的な箇所も全て破壊されることになるので良くない。

 

 あくまで健康的な部分が健康的なまま維持されるように、時々遊びという名の破壊行為をする。

 

 まだちょっと言い始めだから時間は掛かると思うんだけど。

 

 遊びをやらないではなく、それは極端なので、上手く日常の中に破壊を適切に配置したいねっていう。

 

 それがすっとできたら苦労はないよって話ですがね。

 

 大体はやりすぎる。

<4241>「人間のなかにすべてのヒの仕草を用意しろよ」

 すぐに、

 二重の存在寄る、

 どこへも、

 からだ寄る、、

 からだあつめて、

 いくつもいくつもほうという息するからだかぐわす、

 からだかわす、

 日常裁量、 

 日常同時域、同時根、、

 すぐに、

 ここへ植える、

 ここへいくつもの人間の量を、

 ある一定数植えて、

 それは始まるということ、、

 はやい、はやい、、

 人間のつくり、

 人間のすべてのヒのしぐさの作りが、

 かくなるうえは、

 からだが全て、

 この道この地上に、

 ブロックが、

 すべて組まれたこと、

 組まれてそれはいくつもの、

 響き人間に連なってくるということ、

 などを想う、、

 などをここの量として再現する、、

 すべる、すべる、、

 つづく、つづく、、

 日常この高低、

 このさぐり、

 このうしろ、

 このからだむきいくつも、

 どうにか、

 人間のさなかにそれを用意しろ、、

 うん、

 水くむ水まぜるどこにからだつくる、

 どこにからださわぐ手立て、

 からだ外す、

 からだ一量の祈り、

 からだ一未量の楽しみ、

 すぎる、

 人間の製造、

 感じるもの記憶、

 感じ旧時間にすべておいた、

 火種、うごめき、

 迷い、

 どこへうつっていく、

 さらば私不倒、、

 私日常時、

 新しくなるさびしさ、

 からだここにある、

 いつまでもきこえる、

 いつまでもねらえる、

 とだええぬ、

 すべての気体のなかの生まれ、、

 同時に・・・

<4240>「所感(498)」

 執念てのは、自分でもよく見えない。

 

 普段は特に見えない。

 

 だから、執念なんて私にはひとかけらもないんじゃないか。

 

 なんて思ったりもする。

 

 

 今日、ちょっと仕事から帰ってきて、相当眠かったので、軽く仮眠した。

 

 タイマーをセットして、20分ぐらい。

 

 まだ、文章は書いていなかったし、上げてもいなかった。

 

 寝始めて、10分ぐらいで、冷や汗をかきながら、飛び起きた。

 

 今日まだ、何も書いてない。

 

 もしこのまま、ずっと眠ってしまったら・・・。

 

 

 最近、スランプだと思うことが多い。

 

 もう、なんとなく飽きたとか、身が入らないとか、そういうこと。

 

 自分は別に、こんなことに興味を持っていないし、やる気もないんじゃないかって。

 

 そういう思いが、間違いであるってのが分かる出来事は、非常時の一瞬にしか起こらない。

 

 自分の、底の底の執念が、おそろしく強いってことは、普段自分自身ですら全く見えていない。

 

 そういう出来事にぶつかったとき、人間という器の、底の深さを想う。

 

 

 普段は、こういうことに、こういうことってのは書くことに、命を懸けたという言葉の意味が、全く見えていない。

 

 命なんて、全く懸かっていないし、お前は大袈裟な馬鹿者だよ、というふうにすら感じる。

 

 しかし、底の底のどん詰まりまできたとき、初めて。

 

 ああ、俺は本当にこの作業と心中しようとしているんだな、ということに気がつく。

 

 こうやって書き残しているけど、多分寝て起きたらまた、それら非常時の心はまったく忘れた「普通っぽい」人間に戻る。

 

 

 外部からよくもらう「仏のよう」「穏やか」という私のイメージと。

 

 私の内界の様相とは、普段は上手く一致する。

 

 確かに、内界は全くの凪で。

 

 何も目立ったものはない。

 

 ただ、忘れた頃に、とんでもない悪魔的、怪物的なエネルギーが、自身の内部に吹き荒れて。

 

 ああ、そうだった、私にはこれがあった。

 

 仏でも、穏やかでも何でもない化物だったことを、久しぶりに思い出す。

 

 そういうルーティンというか、巡りで生きている。

 

 底の底の執念や、悪魔的なエネルギーは、私でありながら、私を超えている。

 

 だから、そこから力をもらうこともできるけど、それに完璧に翻弄されもする。

 

 なすすべがない。

 

 それが去ると、私はまた、穏やか一辺倒で、仏のようだ。

 

 確かに、周りから言われる通り、私はそういう人間なんじゃないか、と思えたりもする。

 

 

 山本陽子さん!

 

 また呼び掛けてしまった。

 

 私はあなたに比べて、より俗にまみれていますので。

 

 私のこの執念を、最後まで貫き通すためなら。

 

 貫き通すために、コミュニティ内に居ることが必要なら。

 

 私は、社会に居るつもりがありますという、あらゆる嘘をつく用意があります。

 

 それまでは本音だけで生きていこうとしていたんですが。

 

 あまりにそれはピュア過ぎました。

 

 私は平気で、付き合っている人がいるし付き合いたいし。

 

 結婚も考えて動いています、という嘘を。

 

 今度から平気でつこうと思います。

 

 自分の本音を通して、居られずに倒れるより。

 

 自分の執念を通すことを取ります。

 

 私は、純粋さを捨てることに対する恥は感じますが。

 

 それよりも、通したい我があります。

 

 山本陽子さん!

 

 存在しないものとしての連帯に。

 

 私はもう混ぜてはもらえないかもしれないほど堕落しましたが。

 

 私はこの執念、大きな欲望を通すためなら、何でもします。

 

 1日先へ行くほど、人生をやるのが上手くなり。

 

 化物への道も、1歩深くなっていきます。

 

 時々とてもこわいですが、恵まれています。

<4239>「呪(まじな)いを編んだ」

 なかに、

 相当なもの、

 相当一層、

 相当二層、

 これら、

 人間にたがわないものを寄越した、

 すこし、

 からだ混ぜた、

 からだ幾量か、

 その複数の色、

 その複数の走り、、

 見る、

 人間は、

 知らないあいだに、

 時刻と、

 時刻の、

 交代を見る、、

 あたしはどこにいる、、

 からだを投げ出して、

 すべての時刻のために、

 今応える、

 今振り向く、

 ながく、

 形に沿うもの、

 とどく、

 先の先、、

 身体の涯、

 身体育ち、張り詰める、、

 ながく、ながくのびろ、

 この一因、

 この一量、、

 遠くへ、遠くへ、、

 人間が、

 等量でここへ、

 等分でここへ、

 過ごしに来る、、

 過ごしやすくなる、

 過ごしたまま、

 みちをひく、

 みちを追えたまま、

 形など分からず、

 形さらに響く、、

 形が、

 どこにでも集まり、

 どこにでも繋がり、

 流れゆく、

 流れたもの、

 この声の真正面、

 この声の方向へ、

 ゆっくり、

 引きずられてくる物事、、

 うん、

 身体ゆすろう、、

 身体ともに、

 この地平はてへこれだけのばし、

 作ろう・・・