<4178>「静かな室、その質の無音の、その轟音性」

 形になった光、

 いつまでもいつまでも、

 そこにあり、

 私の両の脇腹を、

 支え、

 私は少し、

 歩行の意味を、

 捉え返し、始めているところだ、

 日常の、

 この、ど真ん中に、

 誰にも入れない、

 静かな、

 室があるということ、、

 そのことの、重さ、

 そのことの、軽やかさ、、

 そのなかに、ひとりあり、

 磨いていく、ということの、、

 無音の、

 轟音性、、

 私は恥ずかしくなかった、、

 高みに静かに出た、

 その表情いくつか、

 私は見ることができて、

 私は見ることができたのに、

 ひどく驚いている、、

 なにが、

 人の一生をかえるのだろう、、

 今はもう、

 触れることも、なくなったものたち、

 今はもう、

 喋ることも、なくなった人たち、

 そういうものに、

 私は静かなヒ‐‐ヒ、をもらい、

 からだが静かな、

 静かな器になるのを、

 芯から感じ取っていた、、

 私はその器に沿う、

 空間を、

 ゆっくり、ゆっくり、立ち上げた、、

 ここは守るものではない、

 私が、

 私と、

 机と、鉛筆と、

 精神と、

 椅子と、

 静かなノートとの、

 合成技、

 私には守るものはない、

 なぜなら、

 私には、

 幾万回かかけて、

 触れて、膨らましてきた、

 この室があるから、

 そして、

 それは具体的な場所ではないからなんだ、

 光が入ったことで・・・

<4177>「所感(469)」

 打算とか計画は大事なんだけど。

 

 打算とか計画をそのまま原動力にして進もうとするとあまり遠くへは行けない。

 

 それらは、自分のなかでざっくりとしたアウトライン程度の役割にとどめておいて。

 

 日頃は何故、何故で進み、いやむしろ進んでいるという感覚もないまま。

 

 気がついたら全然違う場所にいるって感じの方が何事も遠くまで届かせられる。

 

 あんまり先を見過ぎるな、と否定形で自分に働きかけるのではなく。

 

 何故、何故と没頭し。

 

 現実の時間を忘れて毎日過ごしているうちに。

 

 気がついたら随分遠くまで来ていたという、生き方を中心に持ってこれるよう、ちょっとずつやってみようや。

 

 その方向に自分がセットされるように、細かく細かく、自分に働きかけていこうや。

 

 というふうに、生きていく。

 

 打算も、一度したあとは、打算をしたこと自体を忘れている方がいい。

 

 ブレそうになったときに、そこで初めて、そもそもどういう計画があったんだっけ?と一回振り返るぐらいでちょうどいい。

 

 時間のなかで、時間じゃない場所で生きる。

<4176>「『東京漫談倶楽部』」

 配信にて。

 

 こういうライブがあるのは全然知らなかった。

 

 たまたま知れて良かったね。

 

 こたけぴんくの~のメンバーと結構被ってる?

 

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 永田さんの、自由にあっちこっち行く連想から、都度話の芯、言いたいことの芯に戻してきて笑いを大きくしていく作業美しいな。

 

 タイマン森本で、ぴんくさんがまあ冗談半分に、これから俺は漫談じゃない、漫談は永田に託すって言ってたのも、頷けるというか。

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 14:00~辺り。

 

 

 発想で好きだったのはジェロニモさんの栃木県のネタか。

 

 天気のくだりとか良かったね。

 

 まんじゅうの竹内さんが演技力でグイグイ押してた。良かったな。

 

 

 大体まあぴんくさんのファンなので、ぴんくさんを目当てにこういうのは見るんだけど、服が緑だった、あんま見た事ない。

 

 そんで『亜種』やってたね、『亜種』

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 と思ったらこの動画でも緑の服着てる、亜種用?

 

 久々に聴いたけどさすがの面白さ。

 

 

 漫談のライブとか見てると、大体みんな自分の着眼点とか、発想とか、そういうものの特異さを持ってきて、あとは話術でぐいぐい押していくってスタイルが多いように思うんだけど。

 

 ぴんくさんの、やっぱり一から嘘の話をディテールに渡るまできっちりと詰めて物語世界を立ち上げていくって、ちょっと他にないというか、良い意味で異常だよな。

 

 こんなん誰も真似できないよ。

 

 漫談のど真ん中に居ながら、ぴんくさんの方がそれこそ「亜種」の漫談なんだよな。

 

 王道じゃない。

 

 それがトリを張っているという奇妙さとものすごさ。

 

 身体の大きさとか存在感とかもなんかデカすぎて、芸能人というか、異能人というかで。

 

 ただ存在を見てるだけで得られる喜びってのがある人。

<4175>「こいつは眠り、こいつはブレイン」

 こつこつとしつこく石をたたく音がする、

 こつこつと石を、

 ブレインこいつは少し眠っていろよ、

 なあブレイン、

 ブレイン、ブレイン、

 あたしは揺れる、

 あたしは響きのなかに立つ、

 その、

 響きのなかに混じって、

 どこに存在しているか、

 定かではなくなるほど、

 あたしはそこで、

 得意になり、

 まだ、

 かるくうつしかえていく、

 そのもの、

 時刻ともども、

 ブレイン、なんだ、

 そこか、

 揺れる揺れる、、

 あたしは不倒の、

 その、

 細かいリズムのなかに、

 生まれたいだけ、

 生まれている人間だ、

 生まれ続く、、

 からだは、

 地上であきらかとなる、

 はしゃぐ、

 さわぐ、、

 常からこのリズム、

 この形、組みあわせ、、

 揺るぐ、、

 そのものその同時、

 僅かに来て、

 僅かに返す、

 その鮮やかな手つき、

 私はそのなかにいる、

 その招び声の、

 ととのえられた住まいに、

 まっすぐに居る、

 まっすぐにこの日常開波、

 ひくくひくく、

 からだすべて鳴る、、

 からだすべてうるむ、

 うん、

 ひとつやふたつ、

 そこにかかっていて、

 私は、

 どこからも手をのばすようだ、、

 その目を見てる、、

 そのゆらぎを、

 あたしは見ているようだった、

 ずっとずっと、

 次々に傾く、

 ええ、

<4174>「所感(468)」

 とうとう来ちまったな。

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 私はボクシングを熱心に見て来た訳ではないけれど。

 

 去年中谷さんに魅せられてから、あっという間に、ここまで来てしまった。

 

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 もう、これ以上のカードは今後ないのかもしれないと思うと。

 

 どうしようもなく気持ちが盛り上がってくると同時に。

 

 今からとてもさびしくなる。

 

 

 前にも書いたが、中谷さんに魅せられたのは。

 

 普段のあの穏やかさの塊みたいなその底の底に。

 

 とてつもない野蛮さ、獰猛さが隠されていて。

 

 しかしそれは、平生は徹底的にマスクされていて、全く見えないということ。

 

 底の底に、そんなものがあるとは気がつかせないということ。

 

 そういう姿に出会って、化物を志す人間として、芯から感動してしまったことによる。

 

 

 自分事だが、怪物だと思われたいとか。

 

 穏やかで、良い人間で、仏のようで、と言われて。

 

 はいはいと答えながら、どこかにムッとした表情を出してしまうのなんて、愚の骨頂だということ。

 

 下の下も良いとこだな、というのを、中谷さんから学んだ。

 

 

 中谷さんは、そういう意味で、人間としても、野蛮な化物としても、完成し切っている。

 

 そこに惚れている。

 

 私もその境地にまで至りたい。

 

 どこまで掘り下げても、良い人間で、善人で、穏やかで、優しくて。

 

 その底に怪物が居るだなんて、全く人には気がつかせない。

 

 例えばブログとかでとんでもないことを書いていても。

 

 実際に会えば、そんな人間だなんて露ほども思えない。

 

 やっぱり良い人なんじゃん本当は、で終わり切る人間になりたい。

 

 化物の力は、必要な場所で、必要なときにだけ。

 

 

 明日は、中谷さんのなかのその化物の、眼を目撃しに行く。

 

 またあの、鈍い光と獰猛な立ち姿が見れたらそれで良い。

<4173>「あなたが生きていることは完璧だ」

 日時よくつく、

 この場所へ、

 これは回転、

 これはつづきもの、

 うん、

 かたち見事に、

 全て剥いだもの、

 全てよろけて、

 かたちここへ、

 ぶちまけている人間が重い、

 人間が、

 この、

 知っている時刻に、

 招ばれて、

 からだ速度つく、

 重さ、

 なに、

 この生命壇上、

 生命いちいちの色、

 生命たのむ、

 生命とどく、、

 ここは人情、

 ここはふくらむわかれるところ、

 うん、

 ひとつうなずく、

 二重の幅、、

 二重の絡み、

 二重の切なさ、、

 あなたが、

 人間をはじめた場所、

 それが私にも、

 よく見える、、

 うん、、

 日常形吐き、、

 形様々に、

 混ざる、、

 混ざりながら、

 ひとも漏れる、

 ひとも埋もれる、

 からだに影、

 からだにうまみ、

 すぐに、

 つなぐつなぐつなぐ、

 そこから、

 記憶たちあがってきては、

 私を見る、

 私は駆ける、

 二重の底を、

 少し踏んだ、、

 少し照れた、

 完璧だ、

 あなたが生きていることは完璧だ、

 日常を伝う、

 ヒとヒ、 

 ヒとミとキ、

 つつんでいく・・・

<4172>「所感(467)」

 一回喉の高音閉じちゃったから。

 

 まあ、体調も良くなってきて、リハビリ的な感じでちょっとずつ出せるようにしよう高音、てな感じかなあ。

 

 でもなんか、裏に入らないで地というか、ミドルで行けるレンジが広がっているような感覚があって。

 

 ただ後退しただけではないのか?という希望もありつつ。

 

 あと、ものすごい高いところの高音は戻ってきたけど、低めの、地との境のところとかがまだ上手く出ないというか、斑、不思議。

 

 『やさしいキスをして』と『Automatic』が苦も無く歌えるところまでいこうよ、というか。

 

 なんか喉潰す前は全然想像だにできなかった場所へ、辿り着けそうな感覚はある。

 

 リハビリ中なのに、なんか不思議だよね。

 

 そういう技術が備わった感覚だけはあるのよ。

 

 声まだかすれちゃったり、出なかったりするのに。

 

 まあ、地道に。